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2011年6月21日 (火)

今の状況直視しない考え。 孫に胸をはって「核のゴミは全て任せた」といえるのか。

最近近所のスーパーでは「千葉」「茨城」の野菜が多い・・・。

これは新潟県の多くの人が感じているのではないでしょうか?それとも産地を見るようになったため、敏感に感じているのでしょうか?

抜き出し検査で規定値より低い値を確認していると思いますが、暫定規定値がそもそもとても高い設定(合計年間17ミリSv)であることはご存じだと思いますし、全量検査もできないので、ホットスポットがあるとわかっている今、本当にその高い規定内の食品かであるかさえも疑わしいところがあります。

もし貴方がスーパーで新潟産の野菜と千葉、茨城産の野菜が並んで販売されていたら家族のためにどちらを買いますか?・・・一瞬考えます。 

今回は住宅に全く関係ないので興味ないかたはスルーしてください。

いまから一年半前の冬にこんな事が起こることと全く知らずに脱原発増設宣言を私はしました。↓

http://arbre.green.coocan.jp/?m=listthread&t_id=273

 

その1年と3ヶ月後に事故は起こりました。1年半前に私はこのような事故が予想されるから原発に反対ではなく、原発廃棄物の処理に10万以上もかかるからこれ以上の増設が反対だったのです。ですが事故が起こってからは、安全性に少しでも疑義があるなら即刻停止そしてその解消が数年でできないなら全て廃炉です。私はこの事故が起こるまで、原子炉が爆発するような事故は起こることはない安全な発電方法と信じていました。だからこそショックは非常に大きかったです。

不思議なのはこれほどの被害と不安、汚染を実際受けながら未だに「原発推進、容認派」が大変多い事です。特に知識人(某大学出身教授、大企業トップ、著名な評論家)が多く、とても、とても不思議でなりません(操り人形のようなTVコメンターは論外でもう評価に値しません)。

原発収束にあたっている作業員が、次々と驚異の年間250ミリSvを超えた人がでていることを知っているのに、それをわかって言っているならこれは人格異常と言っても良いのではないかと思います。まるで第二次世界大戦の玉砕覚悟で本土決戦を考えたその頃と基本的な考え方は同じです(自分以外の人は捨て駒)。3月19日にレスキューの人(東京都消防署)が泣きながら会見したことは今でもはっきり記憶してます。彼らは訴えかけたかったのですね。

原発維持推進派の考えは「電気がなくなれば国の産業が立ちゆかなくなる」と直ぐに訴えますが、原発収束派の考えは「電気の有無でなく安全性です。また核廃棄物のことです」。議論のスリ換えをしてはいけません。建築物も同じですが、安全性は経済性より上位にあることはまちがいありませんし、建築後にそれが廃棄できない危険な物質で造る事を容認するはずもりません。短期的には電力は火力発電所を増設すれば良いだけです。発電コストが上がるからというのは今回の事故を見れば原発のほうがトータルコストかかるのは誰も目にも明らかです。

きっと歴史が証明してくれますが、原発をこのまま維持、増設すれば孫から

「どうしておじいちゃん達は自分達だけのためだけに原子力発電を選んだの?私達孫にその使用済核のゴミ管理だけを全部押しつけて・・・」

と言われるでしょう。日本経済の維持や発展、また発電方法は選択肢がありませんすが、核のゴミの処理には選択肢がありません。今の原発容認、推進知識者(あえてここでは人)は非難されても尊敬はされないでしょう。10万年も循環しない核のゴミだけを未来に託すそんな人たちを・・・。

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